自分の力だけでは解決することができない…相対評価社会の仕組み!

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スポーツが終わった後のインタビューでは、次のようなコメントをよく聞くことがあります。

「自分の力を出しきれば、結果はついてきます。」

一流のアスリートがこのように話すと、すごい意気込みであることが伝わってきます。

しかし、よく考えてみると、「結果がついてくる」に対する根拠は十分ではありません。

自分ががんばっても、外国の選手が、その人よりもいい記録を出せば、メダルを獲得することはできないからです。

入学試験の評価

「お母さん!100点とったよ!」

自分の子供から、こう言われたら、親としては、とても嬉しくなると思います。

ところが、よく聞いてみると、クラスの9割が100点のテストだったと知ったらどうでしょう。

少し、喜びも冷めるのではないでしょうか。

高校や大学の入学試験も同様です。

高校や大学の側で定員が決まっている以上、どれだけ点数をとっても、周囲の受験生よりも点数が悪ければ落ちてしまいます。

これは、相対評価以外の何者でもありません。

だからこそ、偏差値(自分が集団の中で、どのくらいの位置にいるのか)の概念が重要になってくるのです。

この「偏差値」の考え方は重要ですので、もう少し深くみていきたいと思います。

偏差値は、次の式で算出されます。

偏差値=50+((自分の点数–平均点)÷標準偏差)

つまり、自分の点数が高いほど、偏差値は高くなり、標準偏差が小さいほど、偏差値は高くなるのです。

ちなみに、標準偏差とは、集団のばらつきを表しています。

みんな似たような点数だと標準偏差は小さくなり、みんなバラバラの点数だと標準偏差は大きくなります。

国語と数学を例にあげると分かりやすいと思います。

私たちは日本人なので、国語という科目については、みんなよく似た点数をとる傾向にあります。

優秀な人でも100点をとることは難しいし、全く勉強をしていない人でも0点をとることはありません。

逆に、数学は、優秀な人は100点をとりますが、全く勉強をしていない人は全く点数をとれず、0点をとる人も結構います。

つまり、国語の試験は標準偏差が小さく、数学の試験は標準偏差が大きくなる傾向にあるのです。

このため、同じ100点をとったとしても、数学より国語のほうが偏差値が高くなりがちなのです。(国語の100点のほうが数学の100点よりも価値があることになります。)

入学試験が相対評価である以上、どの科目でどのくらい点数をとればいいのか、この偏差値を参考にしながら、受験生の戦略が問われてくることになります。

もうひとつ。

雑誌などで、大学の偏差値ランキングなどを見る機会が増えてきました。

理系と文系に区別して表記しているのはいいのですが、問題は偏差値の数字です。

総じて、文系学部のほうが、理系学部(医学部は除く)よりも偏差値が高く表示されていることがわかります。

文系学部のほうが理系学部よりも難易度が高いと言えるのでしょうか?

ここに偏差値のマジックが隠されています。

実は、標準偏差を求める集団(母集団)の層が異なるからこのような状況になっているのです。

理系は希望人数も少なく、よほど好きでないとその学部を受験しません。

大学にとりあえず行きたいような人にとって、物理・化学・数学と、科目数の負担も大きく、理系は敬遠されがちです。

このため、理系は集団自体の質が非常に高くなりがちなのです。(医学部はその典型です。)

偏差値は、集団の中における自分の位置を表していますので、集団のレベルが高いと、低めに算出されがちです。

文系学部よりも、理系学部のほうが偏差値が低めに表示されているのは、こういった理由によります。

単に偏差値が低いからといって、理系を選択してしまうと、とんでもない目にあうかもしれませんので、ご注意ください。

資格試験の評価

資格試験にも、絶対評価のものと相対評価のものが存在します。

絶対評価は「○○点以上だと合格」というもので、相対試験は「上位30%が合格」というものです。

絶対評価は点数自体をものさしとしているため、試験の難易度によっては、合格率が高くなったり低くなったりします。

例としては、日商簿記1級や1級ファイナンシャルプランニング技能士の学科試験を挙げることができます。

日商簿記1級の場合は、100点満点の70点以上で合格、1級ファイナンシャルプランニング技能士の学科試験は、200点満点の120点以上で合格となります。

どちらも、配点は公表されていませんが、この点数を超えていなければ問答無用で不合格となります。

このため、自分が受験したときの問題が難しかった場合は、とても損をした気分になるでしょう。

一方、相対評価は偏差値をものさしとしているため、試験の難易度がどうであれ、合格率はほぼ一定に保たれます。

例としては、中小企業診断士の2次試験や宅地建物取引士試験を挙げることができます。

中小企業診断士の2次試験は、1次試験合格者の上位20%程度で合格、宅地建物取引士試験は、問題の難易度によって、合格最低点が調整され、上位15%程度で合格となります。

これらの試験では、試験問題の難易度はどうであれ、自分が他の人よりも相対的に成績がよければ合格することができます。

近年の資格試験は、総じて、合格者数のキャパに限りがあるため、相対評価にならざるを得ない状況になってきているものと思われます。

相対評価の社会

国の予算配分も、全体のパイの大きさが決まっているので、どこにどれだけ振り分けるかは、相対的な判断となります。

株価も、みんなが買えば上がるし、人気がなくなれば下がるので、相対的な意味合いが強いです。

運動会のリレー選手も、クラスの上位XX名とか、相対的に早い人が選ばれることになります。

会社の昇進もポストが決まっている以上、相対評価なのでしょう。

このように、世の中のほとんどの「選択」は、相対評価となっています。

言い方を変えれば、競争社会ともいえるでしょう。

我々は、常に、何らかの視点で、競争を強いられてしまっているのです。

「自分自身との勝負」「私さえがんばれば…」という言葉は、美しい響きです。

しかし、世の中が相対評価に傾いている以上、自分だけが、がんばっても解決しないことが多いのも事実です。

このように、我々は、相対評価の社会の中で生きているという事実を飲み込んだ上で、今後、相対的によくなるように工夫しつつ、生活していく必要があるのではないでしょうか。

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