JR三江線88年の歴史がついに終止符!さようなら、そしてありがとう!

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島根県の江津駅と広島県の三次駅を結ぶJR三江線(全長108Km)が、2018年3月31日をもって、営業を完全に終了しました。

JR三江線88年の歴史に終止符が打たれたのです。

1987年の国鉄民営化以降、本州で100Kmを超える長距離路線の全線廃止は初めてということです。

JR三江線は、私にとっても、思い入れのある路線したので、今回は、特別に記事にさせていただきました。

JR三江線とは

三江線は、1930年代から長い期間をかけて建設され、1975年に全線が開通しました。

三江線は、中国地方最大の河川である江の川に沿って、江津駅と三次駅の間を結んでいました。

江津駅と三次駅は直線距離なら60Km程度であったにもかかわらず、大きく迂回して、108Kmの長さになっていたのは、江の川に沿って平地に建設されたためだと言われています。

JR三江線は、沿線人口の減少・過疎化や、マイカー普及に伴う乗客減少に加えて、豪雨でたびたび運休するなど、晩年は、災害に悩まされ続けていました。

まさに苦労人路線でした。

2015年には、全線開通40周年ということで、三江線の改良利用・活性化団体の公募により決定した「江の川鉄道」という愛称もつけられていました。

しかし、三江線が活性化・復活することはなく、2018年3月31日をもって、全線廃止となってしまいました。

私の思い出

私の田舎は、島根県の邑南町(旧羽須美村)です。

最寄りの駅は、車で20分ほどで行けるJR宇都井駅でした。

私が幼少の頃は、よく祖父母や父に連れて行ってもらったものです。

今でも、父は、宇都井駅近くの田んぼでお米を作り続けています。

この宇都井駅は、山にはさまれた山間部分にトンネルとトンネルをつなぐ形で架けられた高架の上、地上20mにホームがあるという特異な構造をしていました。

「ホームが日本一、高い場所にある駅」

「天空の駅」

としても有名でした。

廃線直前には、宇都井駅もライトアップされ、惜しむ人たちでかなり賑わったようですが、この光を最後に、天空の駅は閉店することになりました。

私の祖母も、昨年(2017年)、他界しましたが、ちょうど三江線と同じくらいの年齢でした。

宇都井駅の名物となっている「訪問者ノート」を管理しているおばあちゃんも、三江線と同じくらいの年齢です。

宇都井駅がなくなると、誰も訪問者ノートに記入しなくなるため、このおばあちゃんの楽しみも奪われることになるのでしょう。

江の川の澄んだ水、山のおいしい空気、三江線の沿線は自然に恵まれたとてもいいところです。

しかし、そのような三江線も、私の祖母も、もう元気な姿を拝むことはできません。正直、本当に寂しいです。

今後の活性化に向けて

JR三江線の周辺地域の高齢化や過疎化はかなり進んでいます。

「車は贅沢品だ!」

「健康のためには自転車がいい!」

と何気なく主張する都会の人には、一度、現地を訪れてもらいたいと思っています。

最近、高齢者の自動車事故がよく報道されています。

高齢者は免許を返上して、車に乗らないことを勧めているメディアも多いです。

この考え方は、一理あります。

しかし、解決するためには、そう単純な話でもありません。

東京をはじめ、近くにコンビニや駅、病院がある地域に住んでいる高齢者は、免許を返上しても大きな影響はないと思います。

しかし、三江線の沿線をはじめ、日本には、最寄りの駅やコンビニまで、車でも1時間近くかかるような地域も少なくありません。

このような地域では、車がないと、人は生活していけません。

そして、このような地域にこそ、高齢者はたくさん住んでおり、不幸があった場合、その住居が空き家に変化しているのです。

ルールを決めている東京や都会の人には理解しがたいのかもしれませんが、運転免許の返上はそう簡単にはできないでしょう。

運転免許の返上に、地方路線の廃止。

高齢者による事故を防ぐことや、路線の利益を上げ続けることも重要ですが、交通はライフラインです。

森友疑惑や北朝鮮問題、働き方改革もいいですが、東京一極集中をはじめとした地方の過疎化問題も「待った無し」の重要課題です。

これからも、過疎地域が活性化するような施策を進めてくれる、地方のマインドをもった人が多数現れることを切に願っています。

三江線、長い間、本当にお疲れ様でした!

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